「羽生」


羽生―「最善手」を見つけ出す思考法 (知恵の森文庫)
保坂和志の「羽生」を読み終えた。


保坂さんの本は、よく手にする。
そのお名前は、橋本治氏の著作で、氏が西武PARCOでいろいろな企画をするときのプランナーの一人として最初拝見した。そのうち芥川賞作家となって、作家として作品に触れることになる。


最近になって、といってももう4-5年になるが、読むようになった作家に大崎善生という人がいる。「アジアンタムブルー」という作品で知ったのだが、いくつか作品を読み進めるうちに将棋世界の編集長としてのキャリアや、村山聖について書いた「聖の青春」という将棋ノンフィクションで名をなした人であることがすぐにわかった。
アジアンタムブルー (角川文庫)
聖の青春 (講談社文庫)


この大崎氏と保坂氏が旧友で、保坂氏も将棋について詳しい人である、ということは知らなかった。
何かの偶然で保坂氏のHPを見ることがあって、このことを知り、この書のことも知った。
http://www.k-hosaka.com/note/comment/habu.html


私は、いわゆる「ヘボ将棋」を指さないこともないが、将棋については駒の動かし方を知っている、という程度である。
棋譜を見て、盤面の形勢を読んだり、手順が思い浮かんだり、ということができるわけではない。
だから、本書にも頻繁に現れる局面図については、懸命に手順を辿って駒の動きは頭の中で再現するが、その凄みを盤面からはおそらくほとんど感じ取れていない。


そんな具合でも、将棋についての(少なくとも二氏の)本は、面白く読める。


羽生善治、という棋士がどんな風に他の棋士と異なっているのか、ということはこの本を読んで初めてわかってきた気がする。
これまでも「プロフェッショナル・仕事の流儀」などの番組で拝見したり、本を読んだりしたことがあって、学ぶところの多い、興味深い人であるなあ、と関心を持っていたのに、あまりわかっていなかったことが露呈した、というところである。


今回、保坂さんは「『羽生善治が将棋について考える』という個別の事象をもとにして、『人が考える』という普遍的な行為に辿りつ」こうとしている。
いきなり「普遍」だけを都合よく取り出すことはできず、個別の模索が深まる中でしか普遍は見えてこない、という点には強く同意する。
若い頃は、「あること」にだけ打ち込むことから普遍を垣間見ようとする態度を、いろいろなことに手を出せないことの言い訳のように感じていたが、今は、決してそうでばかりではない、と腑に落ちる。
その「個別」の模索において、その模索の「世界」そのもの、本書ならば、将棋の「法則」や「運命」を意識することができ、それが何らかの普遍へも繋がっているのではないか、と手応えを感じられるようになったことが、だんだんと個別の模索(私の場合は仕事や射撃)に「安心して」集中できるようになるよすがとなっている。


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