下北サンデーズ


石田衣良の「下北サンデーズ」を一気に読んだ。


下北サンデーズ (幻冬舎文庫)
とっても面白かった。
青春小説の定番を王道で行き、サクセスストーリーとしての「大筋」についての筆者と読者の暗黙の了解を崩さず、しかし飽かせず、息もつかせず、晴れやかに、走り抜けていった感じだった。意表をつかずに、少しずつこちらの構えより上を行く新鮮さを最後まで保ち続けた心地よさに満ちていた。


小劇場を中心にした演劇の世界に蠢く、若者たちのでたらめな情熱、貧乏の楽園を題材にしつつ、そこから駆け上がっていくところからいきなり物語と主人公のキャリアをスタートさせることで、その最も貧乏でどろどろしている部分は、しっかり捉えつつも、あくまでもさらりと背景に退くようになっていて、軽快さを生み出している。


ベタでありながら、安っぽさを感じさせないのは、群像を構成している登場人物の造形が行き届いているからだろうか。振り返ると、あまりにも要所要所にきちっとあつらえ向きの人物がはまっているので、もっと「ご都合主義だなあ」と感じてもおかしくないのだが、ストーリーがぐいぐいと進む上で必要な、各キャラクターに割り振られている「才能」や「優秀さ」の描写が、なんというか造詣が深いが節度のあるものであるために、砂に水がしみこむように言動が腑に落ちていく。
サクセスストーリーであるから、成功してゆく要素と、それまで埋もれてきた理由にリアリティを感じないと、読者は安心してのめりこめないのだが、そのあたりを違和感なく捌き、さらには「成功する」とはどういうことか、「光と影」というよりも、世界の見える範囲や角度、時には見ている目玉そのものまでがゴロゴロっと変わってゆくような感覚まで手際よく描かれていて、石田衣良の「貫禄」を感じた。


ああ楽しかった。
今日は、久しぶりにうっかり電車を乗り過ごしてしまった。


[fin]