ファイナンシャルプランナーの話を聞く


先日、相方が保険会社への問い合わせや相談などして調べる中で、複数の保険会社の商品を扱う事務所が「中立にアドバイスする」、というファイナンシャルプランナーによる無料相談というものを依頼した。


自分が得意な分野でないことを重々承知しているので、その時の話を相方から報告してもらう時でさえ、ちょっとかために身構えながら聞くような具合だったのだが、「今度、旦那さんがいるときに分析結果をお持ちします、って」と、すでに日時まで指定されていたのでちょっと慌てた。


それが今日の午後2時だった。


射場整備後にくたくたになりながらもやった練習が、非常に手応えがあったので、肉体労働後でない普通の時にどうなのかを、どうしても早く確かめたい。今後しばらく練習が難しいこともあって、どうしてもこの週末に練習をしたかったため、2時には戻る約束をして、早朝から練習に出かけた。
移動に1時間半、練習3時間、あわただしく片付けて、帰路ふたたび1時間半。
2時過ぎになんとか帰ってきた。


すでに少し話は始まっていた。
前回聞き取られたことを元に作成された資料で丁寧に説明される。
「積算する」という作業も「出入りの内訳を(おおまかにでも)明らかにする」作業も、それ自体はシンプルな操作なのだが、50年単位で計算して図にされてはじめてわかることが結構あるものだ、と感心した。
その辺を曖昧にしていたことによる「過剰な不安」があったらしいことがわかる。
そして「職に就いて給与をもらう」ということが、どんなにすごいことであるか、ということを改めて感じる。


「就労」を「志向すること自体」を「教育する」ことの重要さを日々痛感する仕事をしているのだが、この「すごさの実感」のようなものがもっと、こう上手く伝えられないものだろうか。


深刻な「ワーキングプア」の問題がようやく顕に知られるようになった。その境遇に苦しんでいる人たちには、中学生や高校生だったころの、その後のキャリアに向けた潜在的なスタートの時点で、そういうことをちょっと軽く見てしまったことが原因になっている人が少なくないようである。
少なくとも今その時点にいる「若者たち」よ、なんというか、ちゃんと見なかったり、瑣末なこだわりにとらわれたりしている場合ではないぞ、と老婆心でいっぱいになる。


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