新居訪問


姪っ子の小学校入学に合わせて、この春に妹夫婦が大阪に帰ってきた。
転勤で、一足先に義兄は「実家に単身赴任」してきていたのだが、これを機会にすぐ近くに家を建てたのである。


与えられた間取りをどう有効に生かすか、スマートに見せるか、といったことは好きだし、比較的得意なのだが、どんな間取りがいいかを一から考えるとなると大変である。「自由に決められる」ことほど大変なことはない。常に頭の中でソロバンをはじきながら、コンセントひとつの位置からしてそれでいいのか、出来上がりを想像して考えていかなければならない。
去年の今頃は、様々な業者との打ち合わせで妹夫婦は飛び回っていた。


建てどき
家の事に専念できればこれほど楽しいこともないかもしれないが、忙しい合間に何とかしなければならないとなると、思うように考える時間が取れない苦痛にさいなまれることになる。
家を作る楽しさ、は「建てどき」という本ですごく具体的に感じられるようになった。
いまや民間人校長として「夜スペ」など何かと話題の藤原和博氏が、リクルート退社後フリーランスになった当時、自宅を建てたときの経験を本にまとめたものである。
私自身が今の住処を購入することになったときに、「家のこと」を考えなくちゃな、と見渡して一番面白そうだったので買った本である。
部屋や家についての思想、資材選択の際に「実物」を街中に見に行く奨めなど、なるほどと思えることがたくさんあった。みんなを上手く巻き込んで「いい家」を作っていく方法が、施工業者とのつきあい方までページをしっかり割いて書かれており、経験したわけでもないのに具体的にいろいろなことがイメージできるようになったことを覚えている。


読むのは実に楽しかったが、私自身の物件購入にはあまり関係がなかった。
集合住宅というのは、間取りのオプションと、壁紙などの内装材のカラーセットを3つの中から「選択」する以外には何も考える必要がなく、そのほかは施工業者が「考えつくして」くれている。
なんだかんだといろいろなことに気が散って忙しく、実際に購入にあたっては「ほったらかし」に近かった私にはそれが幸いした。


その後、職場の後輩が家を建てるというので、この本を紹介したところ、大変役に立つと喜ばれた。
今回の妹夫婦にも紹介したら、やはり役に立ったらしい。
私にできるお手伝いはその程度である。


さて、そんなこんなで3月末に引っ越してきて、ようやく落ち着いたというので、今日、相方・娘とともに3人でちょっとしたお祝いを持ってお邪魔して来た。
図面は以前にも見せてもらっていたのだが、実際に見るとよく考えられていてなかなか見事であった。
1階のレイアウトが基本的に、私の実家とそっくりになっているのが、なんだか可笑しい。いろいろ考えていくと、そうなったらしい。
私の実家は、大手ゼネコンの建売であるから、設計士が考えたレイアウトである。そのサイズで設計すれば、ある種必然的に導かれてくるレイアウトのひとつなのであろう。


小学校1年生と3歳の姪が、引越しを機に、親から離れて子ども部屋で二人一緒に寝るようになったのが、(特に下の)姪にとっては「自慢の大成長」で、得意そうに話してくれた。
相方はシルバニアファミリーを使ったごっこ遊びに一緒に興じていたが、帰途「姉妹っていうのはなかなか難しいものね」と、ちょっとした姉妹の諍いの場面に、兄夫婦の娘たちのことなども連想していろいろ考えたようであった。
娘は、昨日までにもたくさんの人に会ったり移動したりした疲れがあったのか、真新しい和室で静かによく寝ていた。


お姉ちゃんの方のピアノに少しつきあったりしていると、私の幼少時に発表会で演奏した楽譜が出てきた、と妹に渡された。シューベルトの軍隊行進曲を子供用に編曲したものだった。ためしに少し弾いてみると、やたら指遣いや和音が難しく、途中で転調までする。
うえー、こんなのを弾いてたのか、と少しあきれる。先生の書き込みを見ると、和音を弾きやすいものに変えたり、落としてもわからない(と思った)音は省いたりして怒られていたことがわかる。
基本練習なんか大嫌いで、練習も本当にまばらにしかやっていなかった当時を思い起こす。


「上手くなる=慣れる」だと思っていた。「技術が身につく」あるいは「感覚を理解することで上手くなる」ということは感覚としてよくわからなかったし信じられなかった。「向き不向き」という言葉で語られることがすべてで、できる人はなぜ自分ができるのかもわからないままにただできるのだし、できないものには仕方がない、という風に思っていた。
今ならそんな風には思わないから、惜しいなあとも思うが、当時の私がそう考えていたことにはある必然のようなものを感じる。今でもその時の感覚は再現することができるくらいだ。
今練習してみたらどんな感じだろうか。


今の家にピアノを置くスペースはない。
家が広いっていいなあ、ときっと一度は娘に言われるだろうなあ、私だって今日はそんな風に思ったくらいだから。
娘の顔を見ながらそんなことをふと思った。


[fin]