佐藤久一


世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか
合宿行脚の合間に「世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか」という長いタイトルの本を読んだ。
時々覗きに行くブログ「スポガジ」で紹介されていた内容に惹かれて手にしたものである。


グリーンハウス、という洋画劇場、ル・ポットフーというフランス料理店をそれぞれ超一流に育て上げた男の一代記である。
類まれな人を惹きつける魅力と、「客を喜ばせるために必要なものは何か」だけがはっきりと見える、稀有な人物だったようだ。


「必要なものは何か」が見えることがまずすごいのだが、「だけ」という制限が良くも悪くも大きく作用していると感じた。
採算、コスト的な問題、時代の制約と思われやすい「手間」や「技術水準」に囚われない。本人にとっては、熱意と努力があればすべてが「乗り越えられるもの」に見える。そして、実際に乗り越えてしまう。結果的に非常な先見性も示してしまう。
ある種の「夢見る人」である。


「夢見る人」を現実につなぎとめていたパートナー、小林氏と離れた後、華々しい成功と破綻が同時進行してゆく。
小林氏とともにあった帝国劇場時代から欅までと、離れてからのル・ポットフー時代への変遷は、魅力的な事業をなす才覚の現実に着地することの難しさを物語っている。


文化事業や研究さえ「採算性」ばかりが評価の基準にされ、あらゆる弱者から小金を要求するシステムが、命のかかった医療や福祉にまで幅を利かせている。そんな今にあって「まっとうな」夢見る人を現出させてくれたこの本は、ちょっと切なく、しかしノスタルジックに心躍るひとときを与えてくれた。


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