萌の朱雀


萌の朱雀 (幻冬舎文庫)
手に取ったとき表紙が奈良美智氏、著者名が結婚されていたときの仙頭姓であったので、あれ?違ったかしら?と思ってしまった。しかし、これは河瀬直美さん自身が、かのカンヌの新人賞受賞作品を小説に仕立て直した作品である。


河瀬直美さんは、地元奈良を作品創造の源として大切にされている。すぎやんが直接に見知った関係であることもあって身近に感じながら、「萌の朱雀」も、先だってふたたび受賞して話題になった「殯の森」も観る機会がなく、この小説が直接に触れる初めての作品となった。


時代の変化に翻弄された過疎の村、と舞台を説明して、起こった出来事をただたどれば、諦念や弱々しさが基調となった暗く物悲しいお話、ともなりそうなのに、静けさがどこか優しく、繊細ではあるが生命感の漂う作品だった。
それ以上の説明は試みようとすると、巻末の川上弘美さんの解説をなぞるようなことになってしまいそうで、なかなか書けない。


愛する地、愛する人と共に在ることへの強い思いを確かめながら、「共に在る」とは、その地に居ること、その人のそばにいることだけではないことに気がついてゆく。
テーマが新しいわけではない。どんな地、どんな人物が、どのようにしてそのような成長をしてゆくのか、舞台や表現に命がある。


登場人物はみな最小限の言葉で、しかし感じ合い伝え合って生活を積み重ねている。しかしこの作品の密度を高めているのは、父と栄ちゃん、男二人の行き届いた寡黙さであろう。
饒舌な内面説明抜きに、みちるの目だけを通して描かれるふたりの姿は、本人にもよくわからないままに漠然と従おうと頑張ってしまう自分の中の規範のようなものに、支えられること、戸惑わされることが相半ばする葛藤を表しているようで、響いた。


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