40歳


今朝も慌ただしく過ぎた。
そういえば、今日が誕生日だったと家を出てから気がついた。


昨晩遅く一日早く、母が父とおめでとうと、マンションの下までお祝いを持ってきてくれた。寝付いたかどうか、というところの子どもたちと相方を置いて、下に降りる。
先日まで旅行で訪れていたチェコで買ってきた、陶製の家とワインが一本。
ついこの間ホームで下血し、入院している祖父の容態について話を聞く。今日も病院に行ってきたという。症状は軽くて済んだが、ウロウロと危なっかしく歩きまわってしまうのを防ぐため、拘束されたりして、精神面のケアがなかなか大変なようだった。


その前日には、相方の実家で、義兄の家族も集まって、誕生祝いをしてもらった。
娘や姪たちの、不思議なオリジナルお祝いソングに拍手しながら、幸せなことだと思う。


授業の谷間で、時間的には余裕があるはずのの一日だったが、立て続けの懇談や出張についての記録、生徒たちの履歴書や調査書などの文案づくりほか、いろいろな雑用が山のように溜っていて、捌ききる前に授業時間は終わってしまった。今日もちょっとした生徒への個別対応があって、並行して行われている会議に出入りしながらあれこれやっていたら、あっという間に職場の施錠1時間前になった。明日は新しい教材を投入しなければならない日で、今日の「谷間」は随分当てにしていたのだが。全く手付かずで終わり、泣く泣く資料とデータを家に持ち帰った。


帰ると、もちろんもうとっくに子どもも相方も寝てしまった後だった。誕生日も当日には家族からのおめでとうはなしだなあ、と呟きながら荷を解いた。台所を片付けながら自分の夕飯を適当に用意して、テレビを前にしばし食事でひと息入れた。保育園の汚れ物をカバンから掻きだして洗濯を回し、翌朝炊き上がるよう炊飯器をセットし、息子の哺乳瓶を滅菌のためにレンジにかけたら、23時前だった。
ようやくPCを開くと、Facebookやメールでお祝いのメッセージが思いの外たくさん来ていた。システムが誕生日を通知してくれるおかげで、いろいろな人の心に祝いの気持ちが呼び起こされる。うれしいものだ。


教材づくりは、構想こそ早くからしていたものの、どう具体化するかで長らく悩んできたものだ。少し覚悟していたけれど、やはり手間取った。たまたま昨日まで実習に行っていた生徒が持ち帰った研修資料が、踏み込み具合や、落とし所についてヒントをくれた。午前3時までになんとか完成にこぎつけて、布団に潜り込んだ。
やれやれ、長い一日だった。


40代のはじまりはこんな感じ。


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