祖父に会いに行く


老人ホームに入所した祖父に、一度も会いにいけていないのが気になっていた。


施設入所に当たって東奔西走した両親が、入所後も定期的に通ってその度に様子を伝えてくれていた。
環境には、大変満足しているようで、正月も家への執着を見せず、快適に自室で過ごしたという。
コミュニケーションに長けた祖父は、施設のスタッフに大変受けがよく、うまく暮らせているようである。
記銘力の衰えからくる、繰り返しや確認の多さなどに驚くことのない両親は、祖父にとって話のわかりやすい、気安い来訪者のようで、いる間にどんどん元気になるのだと聞いていた。


週末に自由の効く日は少ないが、今日はぽっと空いた。訪問できないか両親に尋ねてみると、「私たちも行ける」と言ってくれたので、急遽、娘と私で一緒に行くことにした。
話には聞いていたが、着いてみるとホテルかと思うような、美しいエントランスとロビー。祖父が気に入ったのがわかる気がした。
階を上がって、広い廊下を歩くと、まるで街角の店のように、理容の部屋があり、風呂の入り口がある。
祖父の部屋は、ベッドと洗面、トイレ、簡単なデスクと小さなソファとテーブルがあって、明るくきれいだった。


一人横になっていた祖父は、起き出すのが辛い様子だった。
あてもなくひとりで過ごすのは、だれにとっても元気のでないもので、時間的な見通しを見失ってしまった祖父には、それは相当に堪えるものなのだろう。
訪問のはじめは、いつもそんな具合なのだと聞いていたので、ゆっくりと話をはじめる。
娘は、照れてもじもじと私のおしりにひっついていたが、やがてだんだん調子が出てきた。
小学校の先生だった祖父は、娘の様子に刺激されて覚醒していくようだった。
祖父は幾度も娘の年齢や、先月生まれた息子のことを確かめた。
このごろはすぐ忘れてしまうから、とノートに名前や今日の日付、話したことなどを書くように促された。たくさん書いて、説明する。
最後には、すっかり家でひとりで暮らしていたときのような快活さを取り戻して、入り口で手を振って見送ってくれた。


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