髪を切る


昨晩は相方の実家に泊まり、朝は少しゆっくりする。


来週は、クラブチームの都合で、私が車を出してメンバーを連れて行かないといけないことになった。この週末は、両方の実家を含めた車の段取りをしなくてはならない。
保育園の送迎でどうしても車が要るので、相方の実家から軽自動車を一台借りて遠征に行こうかと最初は思っていた。
しかし、遠征は軽自動車じゃない方がいいんじゃないか、と言われて、うちのパレットくんを私の実家のプリウスと交換、相方の方が相方の実家から軽自動車を借りる、ということで話がつく。


実家から実家へと移動して娘と相方を降ろす。
早めの昼食を摂って車に乗り込んだので、娘はすぐ寝るかな、と思っていたのだけれど、陽気にいろんな歌を歌ってしばらくは元気いっぱいだった。
相方が寝かせつけるのを見届けてから、私は参院選の投票をしに自宅へ立ち寄りがてら、散髪に出かけた。


幼いころから自宅で髪を何とかしてきた私が、高校を卒業してようやく、初めて髪をプロに切ってもらった店でもある馴染みの店だが、今日はなんだかひっそりしている。
マスター夫婦のほかいつも見慣れたスタッフが誰もおらず、初めて見かける助手らしい年配の女性が一人いるばかりだ。


マスターに切ってもらうのはずいぶん久しぶりだった。
「年は取りたくないけれど、こればっかりはしかたないねえ。」
「だんだん盛りは過ぎて、いつかは終わりがくる。いつまでもはできんだろう。」
「代替わりして新しくなる、なんて言うけれど、子どもほど当てにならんもんはないよ。心当たりがあるだろう。」
今日のマスターは、ずいぶんとさびしいことを言う。


さして特別に古い客、というわけでもない私ですら、もう20年以上になる。
時の流れは何の前触れもなく、変わりない日常と見えているものに、さっとその本質を垣間見せる切れ目を入れることがある。
たまたま人気のない時間帯に、ちょっと弱気になったマスターがぽろりとこぼしただけのことかもしれないし、ひょっとしたら本当に店を畳むことを考えたりしているのかもしれない。
何か意味のある役割が、僕に割り当てられているようには感じなかったので、ただぼんやりと聞く。
どうしていつものスタッフが今日はいないのか、とかなんとなく尋ねるのも気が引けてしまって、ふんふんとおとなしく切ってもらった。


投票所に行く前に自宅に立ち寄ったけれど、投票の通知が見つからない。
しかたなく、身分証明になりそうなものを持って行った。
住所などを尋ねられただけで、係の人が素早く台帳と照合し、投票を受け付けてくれた。


実家に戻るまで時間にしてたいした長さではなかったのだけれど、一人で暮らしていたときのように、どことなく居所のない気分であれこれ考えを巡らして、とりとめなく時間が流れていく感覚を、今日は久しぶりに味わった気がする。


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