人権研修


学校では、必ず1校1名以上が参加することを義務付けられる研修、というのがある。
人権に関わるものはそのひとつである。


所属している分掌の関係で、そのひとつを引き受けて、参加してきた。
3会場で各々3テーマの講義があった。
私は、「共生」をテーマにした会場に出席した。


ひとつは、日本以外にルーツを持つ人々との共生について、もうひとつは支援学校と高等学校の交流教育について、最後が男女雇用均等法にまつわるものであった。


マイノリティの側にとって、何が問題であるのか、という点は、目の前にありながら立場の異なるものにはやはりわかりにくいものである。
「みんなと一緒」で「区別しない」、ということが真の理解や宥和とならないことを、あらためて学ぶ。
最も私自身にとって身近なはずの交流教育については、やや今さら感の強い、意義の強調に終始するもので、物足りないものであった。
男女格差の問題については、まだまだ法制だけがあって、現場の実感としてそれが単に理想としてあるだけである、ということを確認することになった。問題は、その実態自体はもちろん、そのような実態を伝えるに当たって「教育現場」にある者がそれらに対してどういう姿勢をとっているかが、どうしても問われることであった。
これは、男女雇用機会均等に限らず、たとえば労働基準法についての話などもそうである。


不況だ、財政難だと、どこもかしこも札束で横面を張り飛ばされる状況が続くと、その状況に応えているかどうかだけが、その行いへの評価として幅を利かせるようなことになってくる。
学校が「あるべき姿」について規範的な立場を取る「最後の牙城」となってしまいかねない状況が、ここかしこにあることを感じる。


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