のどか村

のどか村の大温室



昨年の末、NHKスペシャルだったろうか、花粉症などのアレルギーの増加について、ヨーロッパの農村を舞台に、疫学調査をレポートした番組があった。

アレルギーは、おもにIgEの産生が異常に昂進して、免疫系のバランスが崩れて起こる。
人体は、感染症との長い激戦を経て免疫系を構築してきた。最近の「ヒト」の生育環境は、「長い」激戦の歴史からは考えられないほどに、急に敵がいなくなってしまったような状況になっている。
各個体は、周囲の環境とのインターアクションで生育環境を読み取っていくが、発達のある段階でその情報をもとに、その個体の免疫系を、どんなバランスで「菌やバクテリア」に対する防御と「埃やカビ」に対する防御を行う免疫系としてゆくか、設計方針が決定されるらしい、という仮説が紹介されていた。
菌やバクテリアに対する防御はさして必要なし、と判断した場合に、防御系を作り上げる努力が埃やカビに対するものに全て振り向けられて、過敏に反応する系が出来上がっていくらしい。


さっと流して観た限りなので、あやふやだが、番組の流れはこのようなものだった。

  • 工場や自動車などからの排気による影響を考えにくい、あるオランダの農村でも、花粉症などの自己免疫系の疾患が増加しているが、発症した子と発症しない子の間で疫学的な分析を継続して行ったところ、畜産農家で母親が家畜小屋に乳母車を置いて仕事をしていた家庭の子は、花粉症にならない、という事実が浮かび上がる。
  • さらに分析をしていくと、1歳までに家畜小屋に入った経験があると、その後花粉症などのアレルギー疾患を発症する率が非常に低いことが明らかになる。
  • 牛糞などに大量に含まれる、菌類の表面を構成しているあるたんぱく質(これは菌の死骸にもたくさん含まれ、家畜小屋の空気中にたくさん浮遊している)を、1歳までに体内に取り込んだ経験があるかどうか、と密接なつながりがあるらしい。
  • 対照実験として、屋内で飼育しているペット類ではどうなのか、と調べてみたところ、これは埃・カビ系と同じ影響を与えることが分かった。糞や土というのがどうも鍵のようである。
  • 第2子以降は、1歳までの経験にかかわらず発症率が低くなる。第1子が「家畜」と同じ役割を果たしているらしい(面白い)。


なるほどありそうだなあ、とその内容にいたく納得した。
番組を観ながら、半ば冗談、半ば本気で、1歳までに家畜小屋に行かなきゃならんなあ、と相方と話した。
確かに、そういう「刺激」には、積極的に一工夫しなければ遭遇しない生活になっている。


来週以降はいろいろ予定が入ってくることもあり、昨日、少し余裕のある間にレジャー牧場のようなものに行ってみようか、という話になった。
子供ができてみないと、そういう施設について関心を持つことはほとんどない。
子供を持つ同僚や生徒たちと、過去に交わした会話のかすかな記憶を頼りに調べてみると、家の近くに「のどか村」という農業公園があった。


開園が朝の9時半ということだったが、地の利を生かして開園直後の公園に3人で出かけてみた。
寒い時期にも関わらず、結構な人出だった。


ずいぶんと広大な面積で、広々とした芝生や広場があちこちにある。
広々とした花壇には、菜の花を中心に、春を待つ苗が青々としていた。
鶏たちが走り回る、昔ながらの鶏舎が並ぶ一角には、孔雀のケージもあるが、動物園とは違う素朴なものである。


谷に下りてゆくと、ヤギと羊が放されている一角があった。低くて荒いフェンス1枚だけで隔てられ、それを越えてヤギも羊も顔を出す。
正月飾り用に育てられていたとみえる、葉牡丹を物憂げに食べていた。
こどもたちがヤギたちに餌をあげられるように、小さな餌の自動販売機があった。先客がそれを手に、にぎやかにやっていた。
もなかの皮になにか乾燥させた草のようなものが入っている。たくさんやっても大丈夫そうな、工夫された餌のようである。


娘にすれば、自分の何倍もある動物とのはじめての遭遇なのだが、怖がる様子は全くない。
彼女にとって「動物全般」を表す、「うぉううぉう」を連呼して、大喜びだった。
本当に怖くないのかな、と抱いてヤギの鼻先に顔を近づけてみたが、平気である。逆に、顔の方に手を伸ばすので、あわててこちらがひっこめるような具合だった。


餌やりに熱心だった先客が去ると、ヤギたちは、餌を買わない私たちへの関心を徐々に失って、葉牡丹に帰っていった。
娘はなお、手すりを握り締めて、「うぉううぉう!うぉううぉう!」と呼びかけて意気盛んだった。
うっかり目を離した隙に、手すりを舐めていたりしてあせったが、10頭足らずのヤギと1頭の羊を相手に、半時間あまりも楽しんだ。
免疫系は十分に刺激されたかな。


最後に「大温室」に立ち寄って、昼頃には帰ってきた。
温室は、中を水が流れ、2階部分には喫茶店まである。なかなか立派な構造でおどろいた。


遊具やエンターテイメントに「遊ばされる」のではなく、自由に積極的に「遊ぶ」余地のある公園で、なかなかいいなあ、と思った。
これから幾度もお世話になりそうである。


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