大人は愉しい


大人は愉しい (ちくま文庫)
昨晩、内田樹鈴木晶の「大人は愉しい」を読み終えた。


2000年ごろ、たがいにHPを持って日々日記を公開するようになった二人がWeb上で行った対談(「交換日記」)をまとめた本である。
テーマを定めた小対談が、関わりを持ちながら、(ある部分では唐突に)続いていく、という体裁となっている。
まだ「ブログ」がなく、HPの更新によって新しい記述を積み重ねていたころのもので(今でも鈴木晶さんのは、ブログではなくWebページである)、すでにたくさんのWeb日記があったとはいえ、日々個人発信することが今に比べればまだ「自明」な振る舞いではなかった時期と記憶する。


書籍の性質上、避けられない内容だが、冒頭に内田氏が「公開を前提としたWeb日記」を書く楽しみについて「非公開を前提にした個人的な日記」と対比させて語る部分がある。
私自身もブログになったとたん書けてしまうことや、その行為の意味について時々つらつらと考えることがあり、その内容と視座がそっくりでうれしくなると共に、あ、さすがうまいこというなあ、とこの部分だけで元が取れたような気になった。


テーマは、限定的だが多岐にわたり、「父」論、「母性」・「女性原理」論のあたりはふんふん、と読んでいたが、「イズム」、「師弟関係」、「教育」、「ほんとうの私」の功罪、と続く部分も面白く読めた。
この本の後、内田氏が展開してゆくいろいろな論の、立ち上がる契機、のようなものがよく見えて、しかもそれが棚にずらっと並んで一覧できる趣になっている。
また、断片的な言葉の積み重ねとなる「対談」でもなく、(本来想定していない読者からの異論に備えることも含めて)ゼロから説明が積み上げられてゆく「書籍」でもなく、わかる部分はお互いに省略して「考えていること」だけがひとまとまりの文章で示される「交換日記」形式は、わかりやすい。


何が書いてある本なのか、と問われても、一言で説明しにくい本であるけれど、手軽でお得な愉しい本であった。


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