優勝

試合の様子



昨日、練習後、初めて宿舎に着いた。「秀峰館」という宿であった。
これまで長く国体に出場してきたが、これだけの宿に泊めてもらうのは初めてではなかろうか。
今大会はどの府県からも、宿舎については、良い方の喜びの声を多く聞く。湯布院の底力である。


今日から競技が始まるが、私の出場する10m伏射競技は、今大会のオープニングマッチでもある。
開始時刻、8時30分。早い。


今回の試合では、緊張よりも緩むことが怖い。
この、朝一番の試合に向けて、直前にできる備えは万全にする。
朝食は6時30分。5時半には起きよう、と決めた。
同室の二人には迷惑がかかってはいけない、と心配しながら寝たら5時前に目が覚めてしまった。
そのまま起きることにする。髭を剃ったりなど準備をして、5時半には外に出た。


完全に身体を目覚めさせ、感覚をフルに活かせるようにするのが狙いなので、軽くジョギングしたり身体のあちこちをストレッチしながら歩いたりする。
まあ、朝の散歩といったところだ。

まだ真っ暗で、しかも濃い霧である。100m先は全く見えない。
宿の前の、田んぼの中の一本道を、どこまでも進む。
脇のお寺を覗いて犬に吠えられた後、また道に戻った。車の入らない路地に入ると、道路と交差してさらに続く。
だんだんと勾配がきつくなり、丘を登るような具合になるころ、ふたたび道路と交差する温泉旅館のところで集落が途切れた。


ああ、これは射場から宿に向かって走ってきた道だな、とわかったので、その道を今度は下った。
程なく宿の方に別れる交差点に来たが、まだ30分程しか歩いていなかったので、そのまま道に沿って歩いてみることにする。


先ほど通ってきた路地と交差し、やがて橋にぶつかる。川を越えると、道沿いが急に観光地らしい装いに変わった。
カラーブロックで舗装された歩道沿いに旅館やホテルが並び、地ビールのビアハウスなどが現れる。
コンビニエンスストアで野菜ジュースを買って飲む。
いい時間になったので、ここで引き返すことにした。もう少し行くときっと湯布院の駅があるのだろう。


宿に戻って朝食を摂り、射撃場に向かった。
一緒に来てくれたチームメイトに手伝ってもらいながら、準備を進める。
試合開始20分前まで射座に入れない、という今回の大会規定があるため、通路に選手たちがずらっと揃う。


満点を撃っても勝てないことのある種目なので、きっちり1発1発撃つよりほかない。何か特別な閃きを追求する、というより、冷静にやるべきことをやれるかだけである。
これまでの国体を通じて、残念ながら主種目の立射よりこの種目の方が成績がいいことや、優勝したことがあることも周りは知っているので、見知った顔がいろいろ言葉をかけてくる。そんな軽口に応えながら、まあ、最低限の仕事はきっちりやりますよ、と心中でつぶやく。


試合が始まった。はじめの構えはどうもしっくり来なくて、プレパレーションでは起き上がって丁寧に作り直す。
標的交換機で1時間15分60発は、結構忙しいので、ペースが落ちすぎないようにだけ気をつけることを、撃つ前に決める。


もう、国体でこの種目を撃つようになって、7年目になる。
スコアはずっと599点を下回ったことはなく、そんなに変わりないように見えるが、内実には大きな変化がある。
初めは「10mだから当たるけれど」という、エアライフル伏射特有の技術、みたいなもので無理やり撃っていた。
50mと同じ技術で撃つようになったのは2年前に出場したときあたりからだ。10m競技で「本来の伏射で取るべき技術」だけを再現しようと意識するようになってから、50mも含め、「伏射」の技術について「わかってきた」感じがする。


伏射については、10mは50m競技の練習にならない、という人が多い。その言わんとするところはよくわかる。以前の私のような方法でも満点が撃ててしまうことはあるし、それをいくら鍛えてもその時に使っている技術は50mでは役に立たないからだ。しかし、50mで必要な技術が選れているならば、10mでその技術を練習することは十分にできるし、風だ、弾だという前にそこの技術ができていない50m射手は意外に多い。


さて、試合では1発1発評価をしながら、冷静に撃った。
「失点する前に悪い兆候を除いていって未然に防ぐ」、が何より大事である。少しでも予測と違う弾着があれば、たとえ10.5でもチェックを入れる。
何人かが600点を撃ってセンター勝負になるだろうと思っていた。岡山で3人が600点を撃つ中、ひやひやしながら優勝した経験が、自分をとても厳しくした。
残り時間が少なくなり、周囲の多くが終了していることに少し気を取られ、最終弾だけセンターではなかった。


仕事はした、完璧ではないがセンター勝負でもいい線は行くだろう、しかし一昨年負けたときM君は60センターだったと言っていたから、負けることもあるな・・・。
と最終弾を悔いて立ち上がった。
1射群に600点は他にいなかった。
でもM君はじめ大物が2射群にも控えている。
ちゃんとやった、という充実感で、ほっとしてテントで休む。


今大会は、審査が早い上、射座後方のディスプレイに審査結果がシリーズ単位でどんどん入力されて表示されるため、結果のわかるのが早い。
チームメートがちょこちょこと2射群の結果を観に行ってくれる。まだ試合の半ばだというのに、「もう満射の人いませんよ、優勝ですよ」と嬉しそうに教えてくれた。
へー、と思った。
さすがですね、おめでとうございます、と何人かに声を掛けられるようになって、だんだん嬉しくなった。


何分、朝早くからの試合だったので、この時点でも、まだ完全に午前中だ。
明日は出番がなく、明後日は昼からの出番。
頭はしばらく監督モードに切り替えないといけない。
いろいろな宿に泊まっている選手たちを拾って、どう大分空港まで連れて行くか、選手たちの銃器をどのタイミングで回収するか、揃っていない書類は何か、選手たちに連絡や指示をどのタイミングで入れるか・・・など、棚上げにしていたことについて、段取りを考えはじめる。


試合よりも緊張する表彰式では、今回もちょっとポカをやってしまった。
長く不在にする職場にはいい報告ができたし、やはり優勝はいいものだと、じわじわ実感する。


[fin]