九州国立博物館

九州国立博物館



西日本選手権で二人のAさんと大宰府に来ている。


昨日後半日9時間のドライブは、3人交代とはいえなかなかハードで、いつもより一歩早く仕事を離れたことによる緊張の緩和と相俟って、隠れていた普段の疲れまで呼び起こしてしまうようで三人三様にぐったりと朝を迎えた。
初めて訪れたF射場は年輪を重ねた美しさで我々を迎え、各人意気込んで試合に臨んだが、それぞれいたく不本意な内容で終わってしまった。


(後で振り返るに伏射・立射ともに収穫は多く、MくんやIくんと比較して点数的に大きく劣った、という事実にがっくりしすぎだと思う。立射までは成績はともかく内容には納得して試合を運んだ。仕上がり具合から考えれば、まだ勝負は二の次の状態だ。今回は膝射ですべてをぶち壊したショックが大きかった。数々の射場トラブルを見て最終姿勢のスタートが遅れると勝手に判断したためにスタート前に焦ったことと、ここまで膝射は好調が続いていたために安易に射撃を開始してしまったことで崩れてしまい、そのままずるずる最後まで行ってしまった。何も内容のない40発を撃ってしまったことは悔しく、情けない。)


入賞もあるまいと思いつつ、一応要項に今日の表彰はないことを確認して山を降りた。


九州国立博物館に向かう。
NHK「プロフェッショナル−仕事の流儀」での鈴木裕氏の回は強く印象に残っている。その鈴木氏の勤務先がまさにここである。新日曜美術館で開館時の特集を観た記憶もあり、気になっていた。
目の前に現れた博物館は、森の中に独特の威容を現していて、外観だけでもちょっとした新名所の貫禄があった。


「海の道、アジアの路」という文化交流展示をゆっくりと観た。


朝鮮半島から伝来し」とか「シルクロードを経て西アジアの影響が見られる」とか「遣唐使で伝えられた」といったフレーズをこれまでよく触れていたが、じゃあ伝来のもととなった朝鮮には同じものがあったのか、影響を受けた西アジアにはどんなものがあったのか、遣唐使の行った先の唐はどんな様子だったのか、については、また別個にそれぞれをテーマにした書物なり展覧会なりで見聞して、自分の頭の中でつなぎ合わせるしかなかった。
今回の企画展は、ひとことで言えば「それをいっぺんに並べてしまおう」というものだ。


「理想の人間像」という題の下に、平安期の木彫の仏像と唐の石仏やアンコールワットの石仏やミャンマーアフガニスタンの仏頭が並ぶ。
日本・朝鮮半島・華中・華南・西アジア・東南アジアそれぞれの地で出土した、時代の隣り合った青銅器がずらっと比較できるように並ぶ。
なかなか一堂に会することのない、日本各地の資料館に散在する埴輪が一角に集合してひとつの世界を作る。
銅鼓・銅鐸など音を出すアジア各地で出土する金属器がずらっと並ぶ。


集積することで、これまでは何でもかんでも「時系列にあるものが廃れてあるものに取って代わる」という風に見えていたのが、あるものはあるところを起源として、変化しながら広まってゆく流れと映り、別のあるものはある時期に一斉に同時多発に同様なものが現れたように見えてくる・・・。
アジアは全体でひとつのエリアであり、密接に係わり合い連続している、ということがいやおうなく浮かび上がる。ある時代に一斉に同じような何かを欲した不思議や、各所それぞれに様々なことについて、大昔すでに高い達成を果たしていたことへの驚きに触れた。


太宰府天満宮にも足を伸ばし、広い境内を一巡した。飛梅を間近に見たり、美しく咲いた菖蒲が点在する水面で行われていたライブにふと足を止めたりした。
疲れと落胆はしばし和らぐ心地がした。


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