Mの仕事


M君と夜に会う約束をする。
昼間は相方の旧友が遊びに来るらしく、私は朝から練習に出かけた。


代表選手になったことで、期間限定ながら射場使用のクーポンが支給されたので、足の遠のきがちになっているホームレンジに出かけた。
10mで思い当たった課題やアイデアを50mでチェックしながら撃つ。
思い付きほど単純には進まず、次々新たな課題の種を作りながら3時まで取り組んだ。
練習のさなか、練習仲間の携帯で秋葉原の凄惨な事件について知る。


帰宅後さっと娘を風呂に入れて、ふたたび出かける。
駅ですんなり合流して、前回の再会ではいっぱいだった料理屋に行く。道中、事件の号外があちらこちらで配られていた。
今日は、店は空いていた。


共同研究のために最近しばらく行っていたというオックスフォードの話を聞く。
射撃部の後輩二人とロンドンで会ってきたという。
それぞれの近況を聞くにつけ、後輩とはいえもういい年なのに大丈夫なんかいな、と思わず心配してしまう。


Mの研究生活についてもいろいろ話を聞いたが、いきなり海外に共同研究にも行ってしまう一方できわめて閉鎖的な日常を送っているようだ。
昼食・夕食で部屋を出るにも教授の目を気にしなくてはならず、先に帰ることも遅く来ることもままならないという。
学部生や院生の指導など、人の出入りくらいは少しあるのかと思ったら、教授・准教授・講師のスタッフ以外にポスドク一人がいるばかりだとか。
しかも実験系の立仕事よりも、ペーパーから拾ったデータを理論解析するのが主な仕事らしい。


私は研究の世界は3年半だけしか経験がないが、その期間の短さの割にはいろいろな研究室に丁稚に出された。
それらを元にして私が描く「研究の世界」とは、昼夜を問わず実験に忙しく、圃場や温室、複数の実験棟と行ったり来たりする必要が常にあり、学部・院生・留学生がうろうろしていて、なんだかんだと世話を焼いたり焼かれたり、じっとはしていられない、というようなものである。
そんな、雑然としていてちょっとは息の抜け道もありそうな世界からは、話に聞くMの研究室は程遠い。


大丈夫なのか?と尋ねると、まあずっと続くわけじゃないから、とのこと。
何か成果を掴んで、部屋から部屋へと渡っていかねばならないのがこの世界である。掴めるか否かと居心地の善し悪しは(関係がないとは思わないが)別の問題だ。
なにも研究の世界だけのことではないなと、いろいろなことを思い浮かべる。


あっという間に夜は更けた。
近い再会を約束して家路に着いた。


[fin]