Hさんからの電話


疲れ果てて10時過ぎに帰り着くと、それを見計らったように電話がかかってきた。
協会でいろいろとお世話になってきたHさんからだった。


射撃場や協会の運営を巡って、大きな曲がり角にあることは以前にも書いたが、表向きは私たちが懸念したことについては正面から取り上げられることなく粛々と新しい運営方法に移行した。
「懸念」の部分についてHさんは孤軍奮闘して訴えた格好になり、結果的には私たちの協会を去ることになった。
クラブ制をとる協会において、私の所属しているクラブだけが反対票を投じる結果になり、圧倒的な賛成派に屈する形となった。


現在の新しい運営方法を支持する人たちの事情について理解しながらも、私もその懸念を共有する一人である。
仕事の関係上、所属を変えにくく、選手として中立的な立場を取る必要もある私を理事からはずし、チーム全体で私は守ってもらったような格好になった。
電話ではその後日談と今後のことについて話を聞いた。


「懸念」が現実となるか杞憂に終わるかは数年という比較的短い時間でわかる。
その一方、懸念の深層にある無形のものについてはすでにかなり取り返しが付かないところまで来ており、これはもう違う形で違う場所でやり直していくしかない現実がある。


それぞれに所属や活動の仕方は変わっても、したたかにたくましく、考えながら最善の一歩を、ともに進んでいくしかない。


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