米を注文する

米がなくなったので、FAXで注文をしていたのだが、今日それが届いた。


2001年から2003年にかけて、ライフル射撃ナショナルチーム合宿や強化練習が山形の置賜で行われ、選手として参加していた私はそこでたくさんの方々に支えていただいた。スポーツで技術を極めようとすればするほど重要になるのが「本質的に良質な食」である。この地が強化拠点となったのはこれをしっかりと支えられる人と土地があるためだった。


ライフル射撃のサポートチームのリーダーをして下さっていた高畠町の菊地良一さんは、有機農業の理論・実践双方で先端を行く人である。


一般には(研究している人の中にも少なくないが)、常に大学や公的な研究施設に最先端の知がある、と思いがちだが、「研究室」がいつも先を拓いているわけではない。(農業の場合が特にそう、ということもあるかもしれないが)現場で見いだされたことを「総合する」ことや、「体系づける」こと、一般化することを「研究室」が担っていることも多い。発想や技法において先を拓いているのが研究室ではなく「最先端の現場」であることは珍しくない。
元来「実学」といわれる学問は、現場との間に微妙な距離がつきもので、たとえば農学を大学院まで研究して卒業しても、県の技術職などに就職して「改良普及員」などをすることになれば、現場で実際に農業をやっている人を前に、自分の方がものを知っているとはどうしたって思えない、という現実がある。「農業そのもの」について「指導」してもらうのは学士さんや修士さんの方である(もちろん現場と協働する中で、専門知識は徐々に力を発揮するのだけれど)。


ライフルの強化選手で「農業のことを勉強している人」なんてのはあまりいなかった。私は当時、農学部の大学院にいた直後だったこともあって、菊地さんとは初対面からいろいろと話が盛り上がった。
「分析結果」として出てくる数値に根拠をおく「栄養学」は実際の栄養摂取の実態と乖離していて無意味なものになっているのに、それを「基本」にしてあらゆることが考えられていく、ということを憂える話がその端緒だった。


このときに、菊地さんは「篤農家」という範疇だけには収まらない人であることを知った。実際「和法薬膳研究所」を掲げておられ、肥料の設計から、そばの挽き方まで、大学や企業とも連携しながら一般にいわれる「有機農業」の研究の枠を超えたいろいろな試行錯誤を今もたゆまず積み重ねている。
そして自らの取り組みが理に合っていることは、60歳をとっくにすぎてなおつやつやとし、選手だったわたしがたじたじとするほどの運動能力を保ち、好奇心に満ちあふれ、記憶力も判断スピードも抜群の自身の姿で示されている。


ー「同じ元素を無機体と有機構造物として摂ったときでどう違うか、どんな有機構造体として元素を摂ることが効果的か、などの方に関心が行かない限り、サプリメントを当てにするおかしな食習慣は変わっていかないねぇ。」ー


お会いするたびに、いろいろな刺激を受けてきたが、しばらくお会いしていない。


今回もまた、注文のFAXに簡単な近況を書き記し、数日後に五分づきの「薬元米」を返事に受け取った。
おいしくいただきます!


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