はじめての散髪

散髪前



昨日、試合の後ふと携帯を見ると「めがねどこ?」というメールが相方から来ていた。


実家に帰る機会に、誤って踏んづけて曲がってしまったメガネを修理に出すつもりにしていたのだが、相方はうっかり持っていくのを忘れたので、あとで行くことになった私がそれを自宅から持ってきたのだった。
前夜に渡しておけばよかったのに、今度は私もすっかり忘れていて、そのまま射撃場に持ってきてしまった。


店が閉まるまでに修理に持っていけるように、と急いで帰った。
着くと、子供ふたりはまだ午睡の最中だった。「じゃあ、今のうちに」と、相方はあわてて眼鏡屋へ走っていった。


相方の帰宅と、子供たちの寝覚めのタイミングは、なかなか絶妙だった。
まだ、あわてて夕飯を食べなくても大丈夫な時間だったので、子供たちの散髪をやってしまおう、ということになった。
「短髪が基本」の保育園では、「そろそろ切ったら?」という話になっていた。


娘のときは、1年ちょっと伸ばして、初の散髪のときに切った髪で筆を作ってやった。
おねえちゃんにやってあげたことは、弟にもしてやりたいね、と話していた。娘と違って男の子だから、切ったあと、坊主頭でも構わない。それならもう十分な長さがある。
筆にしてくれる散髪屋が近所にないか調べた。少し歩けばいけそうなところにすぐ見つかって、電話してみると「いつでもどうそ」と言われたので、早速親子4人で出かけた。


伸びたら落ち着くかな、と思っていたのに、天に向かって生える植物さながら、一向に顔の方に降り掛かってくる気配のない息子の髪。
かわいらしいトレードマークになっていたので、少し惜しい気もする。


カットする椅子が2席だけの、おじさんひとりでやっている小奇麗な理容店だった。
私が息子をだっこして席につき、一緒にくるんでもらって切ってもらった。
泣いたりして大変かな、と内心心配だったが、まだ怖いとかそういうのはないみたいで、初めてのおじさんにもはさみや串を当ててチョキチョキやられるのにも動じなかった。おじさんの顔をじっと見て、おとなしくしている。
あっという間にさっぱりとした短髪になって、ぐっと男の子らしい風貌になった。


娘も、前髪が目の近くまで伸びてきたので、切ってもらった。
このごろは、小さな子も「女の子」は長い髪をしていることが多くて、娘の短髪は一歩保育園を出ると「少数派」である。元気いっぱい遊びまわることが本分で、それだけでほぼやっていけるという、一生のうちでも稀な時期を過ごす子どもにとって、「長い髪」は、なんだか「子どもが大きくなるにつれて宿命的に周囲から植えつけられるイメージ」を表しているようで、何となく私にはしっくり来ない。
「このぐらいでいいかいな?」
というおじさんに、
「いや、もうちょっとこの辺を」
と幾度も応える私や相方に、
「えー、もっと切るんかいな」
と、戸惑いながらもうれしそうなおじさんが、なかなか良かった。


息子と違って、娘はごちゃごちゃいらんことをせずにはいられない。掛けているカバーをぽんぽん蹴り上げたり、ぐにぐにと姿勢を崩してフードの中に沈み込んでしまったりして、おじさんを困らせる。
それでもなかなかに子供のあしらいが上手で、ちょこちょこと動く子どもの頭も、器用にきれいに仕上げてくれた。


おじさんは娘に、おまけつきのラムネ菓子をくれた。うれしそうに握りしめて店を出る。
傾きかけた陽のもと、家並みを眺めながら、4人でぶらぶらと家路をたどった。


[fin]