全日本選手権

試合風景



出番は、最終の第4射群、午後3時台だ。
直前の2度の学連合宿で一緒だったIくんとHくんが、この大会に出るというので、宿を紹介したり、レンタカーに乗せてあげる約束をしたりした。
今日は、一番出番が早いIくんでも第2射群、ということで、宿で朝食を取り、9時半に宿を出ることにする。


彼らは、昨日早朝に京都を出て、電車ではるばる石巻入りし、バスで最寄り(といっても、相当な急坂を含む長距離を残す)バス停まで射撃荷物と銃を担いで行き、歩いて射撃場入りしたのだという。
そのたくましさに感動した。「かなり疲れた」というけれど、銃器検査を受けて練習もしたというのだから大したものだ。
君たちはきっと強くなる。


結局3週間前に1度練習したきりで、来てしまった。
それも、すっきりといい内容で終えられたわけではない。
7時から朝食を食べた後、出かけるまで2時間弱。
今できる最善を尽くそう、と考えて、数回でもいいからきちんと構えてみることにする。


射撃道具をひろげ、すべて着込んだ上でフォームのチェックをする。
何に注意を払い、構えの状態をどう確かめるのか、というところを、実際に構えることで思い出すことができた。
再び、ばたばたと荷物をまとめなおして、約束の時間に出発する。


着くと第1射群の終盤だった。
Tくんが気になって見に行ったが、冷静に撃っている様子で、ひとまず約束したことを一生懸命にやっている様子にほっとする。
先日の合宿では、終盤に大きな発見と変更をしたけれど、その方法が私からの説教みたいな形になってしまったので、心配だったのだ。


銃器検査は、暖房の効いた乾燥した部屋のせいか、それとも検査器の具合なのか、コートの硬さ検査で、非常に柔らかいことを示す数値が出てびっくりする。
いつもこれくらいの数値なら心配しないのだけれど…。どの射場で苦労するか、に何となく傾向があるので、本当に環境要因だけのことなのか、各地の機器が同じように動作しているのか疑いたくなるときがある。
そのうちにTくんの射群が終わった。590点と、ひとまず目標にしていた点数が出て一緒に喜び合う。
「合宿終盤の発見は、目から鱗そのものでした」、とあらためて興奮気味に話すT君を見て、教える側の幸せをほんのりと感じる。


合宿ではTくんより調子がよく、Tくんにライバル心を燃やしているIくんにも、心中ひそかに期待が高まる。
私もそのうちに出番になった。


私の方は、技術が完成しきらないうちに実射から3週間離れたツケが、小さくなかった。
姿勢の構造把握にまだ若干のオプションを抱えたままだったことが見事に災いして、そこに気を取られて撃発ミスなどを序盤に続発してしまった。「オプション」の整理ができて軌道に乗ったころには、トータルで取り返せないくらいの失点になってしまっていた。
練習としては上々だけれど、肝心の大会としてはこれではダメである。
結局1点差で決勝進出を逃してしまった。


撃ち終わった時点で、端にも棒にもかからない点数だと思ったので、逆に1点差だったとわかってびっくりした。
まだまだ新しい制度である「シュートオフ」は経験がなかったので、それを逃してしまったのは残念だった。


本戦1位は、昨年末に599点の日本記録を撃って、この競技でも頭ひとつ抜けた感のある山下選手。
2位にTくん、3位と同点の4位には、Tくん同様私たちが学連で取り組んでいるもうひとりのプロジェクトの強化選手、Mくんが入った。
(自分が1点差で進出を逃したことなんかすっかり忘れて)おお!と喜びつつ、決勝は手に汗握りながら見つめた。
決勝が得意のMくんは、きっちり10点を捉え続け、順位を上げる。Tくんの方は、「まだ決勝をどうするか」なんてところまで練習が進んでいないので、彼に任せて祈るしかないような状態だったのだが、2点の貯金がものを言って、なんとか1つ順位を落とすだけでしのぎきった。
終わってみれば、1位山下、2位Mくん、3位Tくん、である。
これはすごい。


学連で初めての「プライベートコーチ型の強化事業」を立ち上げるに当たって、対象をだれにするか、は結構な難問だった。
担当者となる私たちが、コーチとしては新米レベルであるため、「潜在能力」という、説明しにくい部分を避けたかった。
選考方法は工夫したが、その方法による「客観選抜」で、1回生男子全体の中から、TくんとMくんだけを選び、これまでプロジェクトをやってきた。


なぜこの2人なのか、彼らを特別扱いする意味はあるのか、と揶揄する目線もあったと思うが、この「なんでこの2人が」は、同学年の中で競争意識を芽生えさせ、今までになく、学校の枠を超えて横を意識する空気ができあがった。
その中心となってきた二人が、「全日本選手権」という場で、学連の中の先輩たちはおろか、社会人も含めた並み居る先輩たちをも圧倒して、文句のない成績を挙げた。
快挙だ、と思う。


これまで、そのプロジェクトの必要性には、まったく疑いを感じなかったけれど、実現に当たってはやや大風呂敷を広げながら「ロンドンプロジェクト」などと銘打ってやってきたことの面目が、これ以上ない形で立った。
大きな荷物が肩から降りたような感じがする。


不本意な形で終わったIくんは、さらに闘志を燃やしている。
いいライバル関係を作りながら、さらに彼らの強化は進んでいくはずだ。


[fin]