懇談の結果とその後

地図に載ってるバイクの写真が好き



1歳の娘の懇談、というのが先月末にあった。
親として、子どものことを改まったかたちで話される、というのは初めてである。


普段から、耳の痛いことを保護者にずけずけと言う保育園である。
たとえば、朝の連絡ノートに書く家での食事内容は常にチェックされていて、かまぼこがあったりすると「練り製品はいろいろ添加物があるからよくない」、とか、昼食の食欲がいまいちだと、「朝食を食べすぎではないか」と量を疑われたり(実際、まあ食べすぎなのだ。もっとくれと泣いて訴えるもので、つい。)、とか、「バナナを食べさせすぎではないか」(これも、デザートちょーだい!と、毎食強いリクエストがある。たしかにバナナは生協でよく買う。ほかの果物と違って、台所に吊り下げているので、娘のところからよく見えて、断りきれなくなる)、とか、「家での味付けが濃くなっていて、園の薄味の昼食を嫌がるのではないか」、とか…。


園の方針には共感して入れたわけだし、その内容もよくわかっていて、かなり食べ物や生活習慣には気をつけていると思うのだが、「まあね、そりゃあそうなることもあるさ、たまには…」ということを、漏れなく指摘されてしまう。
共働きで、結構いっぱいいっぱいな日々を送っているから、ひとつひとつは尤もであっても、言われるのは結構きつい。相方はよく我慢して聞いているなと、しばしば思う。


そんなであるから、懇談も少しは覚悟していたが、やはり結構厳しかった。


家では、結構活発に体を動かす子だと思っていたのだが、どうも園の中で娘は、どちらかというと口の方が立って、体を動かすのは最小限になるようにうまく立ち回っているようである。
園内の坂を、グループみんなでよく登ったりするようなのだが、「やーだ」と言って、ひとりで土遊びをしていることが多い、とか、リズム運動の中の、歌ったり手遊びしたりするところはとっても好きで熱心にするが、走ったりする場面になると、「関係ない」とばかりに自分の場所に堂々と戻っていくらしい。
お昼ごはんの準備は、年長の子どもたちが中心になってするようなのだが、その中で、まだ1歳の子らはたいしたことをしないが、それなりに何か運んだり、準備するのを近くで見ていたりするのだそうだ。娘はその時間帯、外で土遊びをしているメンバーになぜか必ず加わっていて、用意の出来た頃合に絶妙のタイミングで戻ってくるらしい。
家でも結構遠くまで目が利いていて、驚かされることが多いので、そういう立ち回り方は苦もなくやりそうな気がする。


それまでなんとも思っていなかったが、言われてみればたしかに、外に行きたがるけれど、家から一番近い「砂場」がやたら好きで、ちょっと遠くに行こうとしても、その砂場に行き先を変更させられることが多い、とか、家のピアノで、リズム運動のメロディをいろいろ弾いて遊ぶと、動き回るものには最近めっきり反応が薄い、とか、思い当たるシーンがいくつか浮かんだ。


実家などでそんな話をすると、どうもそれを娘はさりげなく聞いているらしく、苦手といわれる「とかげのはいはい」を急にやってみせたりする。
そういう気の回り方をさせるのは、なんとなく本意ではないような感じなのだが、「親も知っている」ということの効果は、こんな小さな子にもてきめんにあるらしい、ということは驚きだった。


相方は、もう一度原点に戻って料理の味付けを見直したり、気をつけられる範囲でおざなりになっていることはないか考えている。


娘の保育園での様子には、私自身が小さかったころについて聞いたエピソードと似ているところがたくさんあって、苦笑しつつもなんだかうれしい。
相方にとっても、自分の小さいころに心当たりのあることがたくさんあったというから、まあ夫婦ともども似たところが多いのだろう。
どきっとしつつもまだ「ほほえましい」ですむ、今回の経験であった。


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